山手線の中吊り広告電子化しすぎは少し避けて欲しい

山手線の中吊り広告がすべて電子化されてしまうのは少し考え物ではないか

私はほぼ毎日山手線に乗る山手線ユーザーである。最近、山手線の中吊り広告が、紙から液晶パネルにどんどんと変わっている。従来からドア上部については液晶パネルが一つついていたが、まずそれが二つになってきた。片方で行き先や路線図、乗り換え案内を表示し、もう片方でテレビのコマーシャルのような広告を流している。
筆者は普段テレビをみない
(家にテレビのない)。その理由には、あまり有益情報があると感じられないというのももちろんあるが、テレビのように、点けていれば自動で情報を多く紹介してくれる行為そのものに若干の拒否反応があったりもする。そういう受動的な姿勢に慣れてしまうと、テレビを前にしていないときでも、たとえば知人や職場の同僚を前にしているときでも同じような態度に、無意識的になってしまいそうでこわいのだ。
自分にとって必要な情報は
インターネットでまず検索し、無料情報を入手し、必要な場合には専門書籍を購入するようにしているし、また、自分の思考回路外から入手すべき情報も一定程度入手するために、書面の新聞購読や定期的な本屋周りは続けている。
だが、ここに、私にとってテレビのコマーシャルに等しい電車内の中吊り広告電子版が入ると、現在保っている情報バランスが壊れてしまいそうで不安になる。
満員電車に乗ると自分の立ち位置は選べないし、
最近は座席上部の壁面にまで多くの液晶パネルが据え付けられているので、どこにいても広告が目に入ってしまう。旧来型の紙面の広告よりも圧倒的に情報量が多いため、目に入ってしまうし、いままで電車内でしていたことの集中力がそがれる気がしてならない。
慣れの問題なのかもしれないが。

そんなわけで、全く電子化をやめて欲しいなどとは言わないが、液晶パネル嫌いの乗員のために、全体の何両かは、液晶パネルなし、むしろ
広告全くなしの車両をもうけて欲しいと思う。それで若干乗車料金が高くなるとしても、基本的には歓迎だし、そもそも運送というサービスに対する対価を払って乗るわけだから、それが広告の便乗で不当に安くなる必要はあんまりないのではないかとおもう。

ということで、山手線には、一部広告まったくなし車両の導入を提案してみたい。




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