会計士が、”先生”と呼ばれ続ける為に必要なこと

こんにちは。日曜日の朝9時。スターバックスに居りますが、向かいの席で大学生らしき人がTACの財務諸表論の教科書を広げており、シャーペンと消しゴムでがっつりと書きながら勉強をしております。
仕事を初めてからはや10年弱経ちますが、シャーペンと消しゴムを使う機会はめっきり減りました。メモもパソコンで容易にとれるようになり、ノートをとる機会自体が減っていますし、ノートをとる際もボールペンです。
個人的には、ボールペンとシャーペンの違いは結構大きいような気がしています。
ボールペンでメモをとるときには、断定的で、すでに決まった既決事項を記録の為に書き記すという度合いが大きいように思います。一方で、シャーペンで書く場合には、消しゴムで消して書き直すことが出来るという前提の元で、記録というよりも、自分の思考の整理という観点でメモをとる度合いが大きいように思います。考えたことをメモし、それを矢印で次の言葉につなげ、どんどんと思考を深堀りや横展開していき、最終的に頭を整理したり、結論を書きながら導き出すイメージです。数学の証明問題を、問題を読んだあとにあたりをつけてとりあえず解きすすめていき(書きすすめていき)、うまくいけばよいし、うまくいかなければ、消しゴムで消してまた別の方法で解き直すといった作業に似ています。

仕事をしていく中で、事務処理に追われ、
じっくりと物事を練ったりする時間が少なくなっていくことを感じています。前者はまさに事務処理。作業として右から左へ物事を流し進めていく作業で、後者はよりアーティスティックな、四角い粘土をこね上げて一つの作品を作り上げていくような作業のイメージです。
一日じっくりと考えないことによってすぐに日々の仕事に影響がでるわけではありませんが、半年、一年と続けていくと、それをしている人としていない人の差は大きく
なっていくように感じます。具体的には、一つ一つの仕事に与える深みだったり、説得力だったり。
情報が簡単に手に入る時代となったここ数年及びこれからの数十年に於いて、この深みであったり説得力とその源泉というのが、どんどんと当たり前でなくなっていくでしょうから、より貴重な価値を持つようになるように思います。

会計士の仕事に置き換えても同じことがいえると思います。
一つ一つの会計処理に対する深い理解がそ
の価値のベースであるわけですが、単純に、正解の処理がなにであるかという結果だけをみれば、AさんにきいてもBさんにきいても違いはないという世界かもしれませんが、そこに加えた付加価値として、たとえばどのようにしてその結論に至るのかとか、会計基準自体の背景や歴史も併せて説明できれば、それは価値になります。以外とそんなところが、会計士が先生と呼ばれ続ける為の要因ではないのでしょうか。




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