スタバにあると嬉しいもの第二弾

スタバにあるとうれしいものシリーズ第二段を書いてみたいと思う。

私がスタバにあるとうれしいと思うものは、知らない人とのコミュニケーションツールである。きわめて広義に言えば、出会い系の某と同類なのかもしれないが、私がイメージするのはもっとおしゃれで現代的で、スタバっぽいコミュニケーションツールだ。いくつか案を示してみたい。

1立ち飲みスペース
ハイテーブルで立ったままコーヒーを飲むスペース。知ら
ない人同士のコミュニケーションも奨励される。お酒が飲めるスタバであれば、お酒を飲みながらというのもありだ。ナンパゾーンみたいになっては元も子もないので、一定の秩序づくりは必要だろう。そこが難しいのかもしれないが、店員が常に近くにいるカウンタースタイルにするとか、男女比を必ず一定にするとか、一人当たりの滞在に制限時間を作るとか。ナンパではなく、紳士的に語らうみたいなスペースがあると楽しそうだなあ。

2異国のスタバの人とのコミュニケーションスペース
スタバの店内でだけ参加できるチャットツールみたいなもので、日本国外の世界中のスタバの人とつながってチャットができたら楽しそうだ。スタバに一人できていて、ちょっと一人で読書とか仕事をしていたけれど、休憩で5分や10分誰かに話したり、誰かの話を聞きたい人は一定層いると思う。そんな人同士がゆるくつながれたら楽しそう。日本のスタバでは英語の勉強をしている
日本人が多いが、そういう人にとっては格好の実践場所になりそうだ。時間も5分とか10分に限定してしまってもよいかもしれない。そのときにアベイラブルな人同士がランダムにつながるっていうのがおもしろそうだ。

3スタバノート
これは結構地味に欲しい。スタバのカウンターのところに置いておいて、誰でも一言書けるようにしてほしい。店舗ごとにかなりカラーが出そうだし、店員さんがちょっとした返事でも書いてくれたら
楽しい。スタバの超フレンドリーな接客スタイルとも親和性が高そうだ。

4携帯お預かりサービス
読書や勉強や仕事や休憩やおしゃべりに集中したい人の為に携帯電話を受付でお預かりしてくれるサービス。滞在中の最初から最後まででもよいし、指定しておいたらたとえば1時間後に携帯を店員さんが戻してくれるみたいな時間設定ができたりしたらさらにメリハリが効いてよいと思う。スタバにいる1時間半くらいの間、メインは自己
研鑽に励みたいけど、少しの時間はメールの返信や友達とラインでおしゃべりしたい、みたいな人はスタバで周りを見渡すと多くいるように思えるので、ぴったりではないか。

ただ、スタバはもうすでに十分すぎるほど人気があるので、これ以上便利にしてさらに集客を増やす必要はあまり感じていないのかもしれない。むしろ、後発でこれからがんばろうと思っているコーヒー店がこれらをやったら結構ヒットしそうな気がする。




スタバ社に強く言いたい!ジム併設型スタバを作ってくれたらオレ絶対行きまくる!

こんばんわ。今日はスターバックスにあったらいいもの、あるいは、こんなスタバがあったらいいなというものを考えてみたいと思います。題してスタバを超えるスタバ、ネオスターバックスとでもいいましょうか。

ジム併設型スタバ
スタバとジムってかなり相性よいと思うのは自分だけでしょうか。ジムの近くにあるスタバっていうのはたまに見かけますが、本屋とくっついているスタバのように、ジムとくっついているスタバ、は見たことがありません。もしどこかにあるならば教えてもらいたいです。イメージは、本屋と提携しているジムと全く一緒といいますか、本屋の本を持ち込んでスタバで読めるように、ジムでちょっと運動したら着替えずにそのままスタバにきて休憩できちゃう、みたいな。もちろん、ジムの前後に立ち寄るみたいな使い方や、ジムにいかない人もふつうのスタバと同じように使えます。ふつうのスタバとちょっと違いを出すために、コーヒー飲みながらストレッチできるストレッチゾーンとか作ってもよいかもしれません。
スタバの数ある魅力の中には、「ちょっと意識高い」的な人が隣で勉強してるからとなりで自分もちょっと勉強しようとか、逆にまわりはおしゃべりしているけど自分は勉強してる「ちょっと意識高いぜ」的ちょっとナルシストになれるところがあると思うのですが、ジムで自分を鍛えてるひとにもこれ、当てはまると思うんですよね。ジムのランニングマシンでいま一時間走ってきてちょっとスタバでコーヒー飲むか、おや、となりの同年代ぽい同世代のやつは運動もせずにあんんなに甘ったるそうな飲み物飲んでる、うし、おれ、がんばってる、的な思考回路笑。あるいは勉強するときでも、となりにジムでがんばってきました休憩中の人がいたら、自分もがんばろうってなりそうです。さらに言えば、ジムと座学のダブルコンボができちゃいます。ジムで体を鍛え、スタバで脳味噌を鍛える。みたいな。自分もそうですが、仕事がベースであって、あまった時間で体と脳味噌を両方メンテナンスしたいっていう感覚を持ってる人結構多いと思うんですよね。スタバとジムが併設してたら、完全にそういう人が虜になると思います。
もしデメリットがあるとしたら、ちょっとスタバが汗くさくなってしまうかもしれません。笑。あるいは、プロテインのシェイカーにコーヒー入れてくれって言ってくるごついお兄さんがたくさん出てくるかもしれません。
でもまあ、コーヒーの消臭効果と店員さんの笑顔でそこはなんとかかばーされるんじゃないでしょうか。
もしスタバの偉い人がこの記事を呼んでいたら是非東京にスタバ併設型ジムを実現させてくれるとうれしいです。




スタバってなんだろう

スタバ
全体的に木目調で雰囲気が良い。
ロゴがおしゃれ
コーヒーが美味しいのかどうかは正直よくわからない
が、毎日豆の種類が変わるし店によっては豆を選べる
外人も多い
なにをしても基本的に自由(おしゃべり、読書、勉強、手紙書き、パソコン、ひたすら携帯をいじる、眠る)
敷居は高すぎもしないが低すぎもしない。(さすがにすっぴんとかねまきではいけない)
椅子が硬い。1時間程度の滞在ならばなんてこと無いが、3時間とか居るにはきつい
混んでる
店員が良い人っぽい
少しおしゃれをしてる人が多い
ドリンクなのに実際はほとんどスイーツみたいな商品も売っている。
実態はケーキ、コーヒー屋さんかもしれない
シアトル発というブランド
最安値はコーヒーショートサイズなら302円。中高生ならお小遣いの範囲で入れる。大人なら無意識に使えるレベル。
立地がよい。主要駅、施設にはだいたい入っている。
どの店もちょっとずつ違う、ちょっとずつ個性がある
大騒ぎして居る人はほとんどいない
なぞの音楽が流れて居る。
サンドウィッチはやたら高い
お代わりが一杯108円
本屋と併設して居る場合もある。この場合本は購入前でも読み放題。
学生がバイトしたい飲食店でいつも上位ランキング
ドトールと比べてちょっとだけ高い
豆とかも売ってる
持ち帰りだけだと、コンビニの100円コーヒーと比べて三倍も高いが、スタバのパッケージを持ち歩きたい需要もある。(ファッションの一部)

スタバは一介のコーヒー屋を超えたなにかである。
スイーツ屋さんでもある。
休憩施設でもある。
自習室でもある。
社交場でもある。
待ち合わせ場所でもある。
あこがれのバイト場所でもある。
本を座って読める場所でもある。
ちょっとおしゃんな自分を演出できる場所でもある。
デートスポットでもある。
Wifiに繋がるホットスポットでもある。
仕事場でもある。





毎日5千分の1ずつ進化すれば、22年後に年収は5倍になる説  30日で人生を変える「続ける」習慣より推考

30日で人生を変える「続ける」習慣という本を読んでいる。著者は古川武士である。最も印象に残ったのは、複利の概念を習慣全般に応用している点である。
複利は投資の基礎で、利息や利益を再投資していくことで、将来雪だるま式に大きな利益をえることができるという概念で、日々の習慣も、積み重ねていくことで将来大きなリターンとして帰ってくるという観点で、複利の概念に重ねている。
毎日、0.1%ずつ自分が進化していくと、(1日0.1%の利益を得ると仮定して複利計算を行うと)、1年後には 現在の自分と比べて44%も進化することができる。同様の計算で、5年後には 6倍、10年後には 8倍、20年後には 1,475倍と算出されている。
確かにものすごい進化ではあるが、可能なのだろうか。仮に自分の進化と年収が完全に比例しているとして、過去の自分に照らして考えて見た。
私は過去9年間で、年収が約2倍に増えた。これを上記の複利計算に当てはめると、9年間で2倍になったということである。上記の通り仮に0.1%ずつ毎日進化した場合には10年後には8倍になっているから、9年間で2倍というのはこれよりえらく低いことになる。9年間で2倍というのはちなみに利息に直すとどの程度かというのを参考で調べてみると、毎日0.02%ずつで複利計算すると、9.15年で2倍になるので、0.02%となる。すなわち、概ね私は過去0.02%成長してきたこととなる。いままで0.02%でしか成長できなかった人間がいきなり0.1%で成長するというのは、5倍速で成長するということであるから、少し現実味に欠ける。では、このままの速度で、すなわち0.02%でずっと進んで行った場合に、3倍、4倍になるまでにどれくらいの時間が必要か調べてみると、3倍になるのに14.8年、4倍になるのに18.8年、5倍になるのに21.9年となる。

新卒から21.9年で、新卒時の5倍の進化を遂げる。収入も、新卒時の5倍となる。

これはまあある程度実現可能であると考えられる。新卒と社長の給料の差が五倍以下しかない会社もあるだろうが、その場合は転職するなり自分で稼ぐ方法を見つければ良い。0.02%ずつ毎日成長していくのだ。0.02%は、五千分の1である。今日が終わった時に、今日の自分が昨日の自分より五千分の1だけ進化しておればよい。
その進化を毎日22年間続ければ、22年後に新卒時の5倍進化する。23歳で新卒を迎えた人にとっては、45歳の時ということになる。

五千分の一は、具体的にイメージがわきづらいかと思うが、百分の一と比べるとその50倍も低い。毎日百分の一成長はかなり厳しいと思うが、五千分の一ならばもしかすると可能かもしれない、チャレンジしてみようか、とは思わないだろうか。

今日も頑張りましょう。頑張りましょう。




高学歴エリートが社会に出て抱く葛藤の理由と克服法

高学歴エリートが30代前半で感じる葛藤について
葛藤はすなわち個への評価が少ないことが原因

中学高校で言えば、俗に御三家と呼ばれる偏差値の高い学校があります。大学で言えば、東京大学や早稲田、慶應といった名門大学があります。これらの学校は一般に入学試験が難しい難関と呼ばれる学校、大学であり、その難関をパスした人々は、高学歴、あるいはエリートと呼ばれるようになります。
晴れて大学を卒業した後も、充実してやりがいに満ちた華々しい人生が、これらのエリートには待っていると思われがちです。傍目には、確かにそう見える鴨居しれません。医師や弁護士、会計士といった専門資格を取得し、専門家として活躍していく方もいれば、外資系金融機関や総合商社などの、華々しい業界の会社員として活躍する方も多くいます。
それらの方は、そうでない方からみれば、羨望の眼差しで見られるかもしれません。しかし、20代前半で新卒社会人になってしばらくして、30代に差し掛かる頃になると、これら羨望の職種についていながら、自分自身はその充実感について、葛藤を感じることが少なくないように思えます。
何を隠そう、私自身もその一人です。一人だと自負しています。
私自身の経験を踏まえながら、その理由について考えて見たいと思います。
高学歴=個の成功の歴史
高学歴というのは、端的に言えば、難しい入学試験に合格した受験戦争の勝者、です。一年に一度の受験日を狙って、半年や一年、場合によっては数年前から準備を重ね、多教科多科目に及ぶ試験の点数を求めて他者としのぎを削り、他者を押しのけて(他者よりも良い点数を奪って)、勝者となった方達です。これらは、圧倒的に単独プレーです。個の力です。基本的に自分の力で勉強し、自分で勝ち取るものです。チームプレーで3人や5人で一つの勝利を勝ち取るもの、ではありません。この勝利という結果は、圧倒的に自分自身に帰属します。自分の力でやり遂げた!という圧倒的な成功体験をもたらすのです。満足感や充実感、自己肯定感と言っても良いかもしれません。
社会に出たら基本的にチームプレー
一方で、社会の働き方はどうでしょうか。大学を卒業して社会に出ると、多くの方は会社という組織に帰属します。組織での仕事の仕方は、基本的にはチームプレーです。例えばあなたが自動車製造会社で働いていたとして、自動車という一つの完成品を作るのに数万点もの部品が使われていますが、あなたという個人が関わる部分というのはその数万点の中の圧倒的に少ないごく一部にすぎないでしょう。また、その部品一点一点についても、自分一人でやり遂げるというものではなく、何十人という人間が一つのチームを組んで、設計や開発をしていたりします。完成車という一つの商品ができた時に、それに自分が関与している部分がほんの一部でしかなかったら、達成感や満足感というのも、それ相応のものでしかないでしょう。評価者であるお客さんだって、トヨタの車であったら、トヨタという会社に対してどうだという評価をしますが、その裏で一つの部品製造に携わっているあなたのことは評価をしません。しないどころか、通常はあなたの顔さえ知らずに、あなたの作った商品を買っています。あるいは、社内での評価をするあなたの上司だって、あなたという個人と他の個人を並べてどうだ、というような、ペーパーテストで点数をつける的なやり方はしません。第一、組織によっては、一人だけ突出した個人がいる場合に、それを礼賛するばかりか、出る杭として打とうとする、打たれる場合すらあります。極論すると、頑張っても報われないどころか、評価を下げるということです。

こうした、個への評価の超希薄化、評価方法の曖昧さについて、高学歴の人間は常に満足できるとは限りません。たとえ年収一千万をもらっていたとしても、です。現代の報酬水準であれば、年収一千万というのは高いほうかもしれませんが、Best of Bestでは全くありませんから、高学歴で強烈な自己肯定意識のある人たちにとっては、全然足りないと思われるかもしれない水準でもあります。ましてや、個にスポットライトを浴びせない会社組織である以上、その体制自体が個の充実感を下げてしまうでしょう。

では、独立して個の力だけでやっていけばよいではないかと思いますが、そうでもないのです。高学歴出身者は、個の力が認められる喜びも知っていますが、学歴の持つブランド力もまた知っています。○○大学というだけで、すげー、と色眼鏡で見られる力です。これもこれで侮れない価値がある以上、すぐにブランド力のある現在所属している会社を辞めるという選択を取らないのです。

ではどうするか。

この二つを両立する方法を取るということです。
具体的には、今所属しているブランド力の高い組織には継続して所属して、キチンと組織に貢献を続けます。滅私奉公しすぎてプライベートを全て犠牲にしてまで貢献する必要はありませんが、会社からもらっている給料以上には貢献することを心がけます。
一方で、完全に個で勝負できる土俵にどんどんと出ていくことです。高学歴のように、社会的にバリューのある土俵での勝負を望まれるでしょうから、本当に根っからの趣味のようなものではなく、なにかすごいと他者に評価してもらえるようなものがよいでしょう。単純なことを言えば、圧倒的な英語力を数値化できる方法で身につける、とか。あるいは、個人でもできるビジネスを行なって、○千万と稼ぐことを目指すでもよいでしょう。こうすることで、メンタル的な葛藤がどんどんなくなっていき、所属している組織での仕事にも良い影響を及ぼし、組織への貢献度合を増すことができるなら、杓子定規に副業禁止などと言われることはありません。もちろん会社と市場を食い合うような内容はダメですが
会社も営利企業ですから、従業員のパフォーマンスが上がることはwelcomeなはずです。そういう観点から副業容認企業も最近は多くなってきています。実際にはその次元になると、副業ではなく、どちらも主で、お互いに補完し合う関係にある協業だと思います。
あなたが首尾良く協業に成功して、個人にブランド力がついてきたら、組織のブランド力に頼る必要はなくなるでしょう。その時は、会社を退職するタイミングかもしれません。
以上、高学歴人間がやりがいを持って社会人生活を送るためのアドバイスでした。




キンドルとネット情報の一番の欠点は、インターネットに繋がってしまうこと。

キンドルの一番の欠点は、インターネットに繋がってしまうこと。

読書は、一番の投資である。といっても過言ではない。インプットなきところからアウトプット生まれずとはよく言われている言葉だが、インプットの手段として読書は圧倒的に優良なのである。インターネットにも優良な記事はもちろんあるし、書籍にも駄作は多いが、作家がいて、編集者がいて、出版社がいて、印刷社がいて、本屋がいてと、利害関係者が多く(チェックの目も多く)して日の目を浴びる実際の本には、だれでも無料で書いてすぐ公開できるインターネットの無料記事よりも、やはり優良な知が詰まっている度合いが高い。
最近ではキンドルでのみ読めるキンドル本という、通常の書籍の廉価版、電子版も生まれており、確かに手がとどく情報の量は格段に広がったが、その質は依然として紙ベースの本が勝る。
いくら様々な情報のサイクルが早くなったとはいえ、瞬時に必要な速報ニュース性以外の情報には、そこまでのスピード感は求められていないし、それよりもアウトプットに繋がるという意味では、インプットの質の良さの方が圧倒的に重要である。
最近読んだドリームインキュベータ出身者の書いたビジネスプロデュースという本においても、著者が、入社二ヶ月間は、月に200冊の本を読み、圧倒的にインプットをしたと書かれていた。そうすることで、徐々に知識同士が多次元的に繋がり、立体的な知識網の形成ができるのだという。そうした知識網の中に、仕事や実生活での問いをインプットすると、一般にクリエイティブと呼ばれるような、多くの人が思いつかない、世の中に新しい価値を提供できるアウトプットを産むことができると書かれている。
確かに優良書籍を読むと、スマートフォンをスクロールしながら得ている情報とは比較にならないほどの濃い情報が詰まっていることがわかる。だが、それだけでなく、もう一点、紙の書籍の利点として、インターネットに繋がらない、という点をあげたい。
今やどこにいてもインターネットに繋がる時代であり、筆者自身も、隙間時間さえあれば、ポケットからスマートフォンを取り出す。おそらく、たった二分程度の暇な時間ですら、スマートフォンなしに落ち着いて過ごすのは難しいだろう。ある意味中毒だ。なんでもわからないことをすぐに調べられる一方、一番大きな欠点は繋がりすぎて集中力が削がれるということだと考える。
圧倒的になにかに没入する時には、頭の中から、インターネットへの接続を断ち切り、それのみに文字通り没入しなければならないが、インターネットで読む情報、キンドルで読む書籍にはそれ自体がインターネットへの接続から得られているという性質がある以上、接続を断ち切ることができない。インターネットにつながっているという状態が、どこかで集中力の上限を下げている。これを解決してくれる手段は今の所紙の書籍が最も有力で、それ以上に有力な方法はあまり思いつかない。




ビジネスプロデュースという本を読んで 社会的課題について

ビジネスプロデュースという本を読んで

ドリームインキュベータ出身のコンサルタントの書いたビジネスプロデュースという本を読んだ。印象に残った箇所はいくつかあるが、そのうちの一つに、社会的課題の解決というものがあった。
社会的課題には必ずビジネスチャンスがあるという文脈だ。聞くと当たり前であるが、これが実に良く書かれていた。
一つの例が、インフラである橋の維持についてであるが、適切なメンテナンスをすることで、橋の寿命が50年は伸びるということが書かれていた。日本には100兆円規模の橋があるので、1年間に換算すると、そのメンテナンスには年間二兆円マックスの潜在的価値が存在すると言うものだ。
社会的課題に取り組むというのは、非常に良い方法がと思った。
まずもって世間体が良い。社会的課題は、柔らかく言うと、みんなが困っていること、であるから、社会的課題とは、困っている人の人助け、なのである。困っている人を助けるというのは古今東西共通の大義名分であり、そこに反対する人はいない。大手を振ってやりたいと掲げることができるのである。
次に、三千万を獲得したいような、野望に燃えている人にとっては、垂涎のビジネスチャンスでもある。お金というのは人の役に立って初めて入ってくるものであるから、社会的課題というのはいわば宝の宝庫なのである。
私自身も、社会的課題について考えて見たいと思う。
社会的課題は世の中に無数にあるが、自分で実現可能でかつ自分でやりたい、やるべきと思える社会的課題となると、限られては来る。
そんな中で一つ私が考えているのが、日本をもっと元気にすることである。
幼少期にバブル前後を経験した私は、いわゆる1980年代に、世界でジャパンアズナンバーワンと呼ばれていた頃の空気を、本当に若干ではあるが、知る世代の一人である。高度経済成長とその後の安定成長で、経済規模で一時米国を抜くかとまで考えられたころの日本は、間違いなく世界の大国であり、勢いと元気にあふれていた。今も世界有数の大国であることには変わらないが、それ以上に元気が無くなっているように見える。なんとなく、自信を無くしているように見える。
それ自身は社会的課題であり、それを解決する方法の一つが、金銭的にもっと豊かになることだと思っている。筆者も少なからず海外経験があるが、海外の富裕層は圧倒的に富裕で、余裕と自信に満ちており、かつての日本の雰囲気を私には彷彿とさせる。
年収三千万をまだまだと考えるか、十分と考えるかは人それぞれだが、少なくとも年収三千万の人が今より増えて、みんなの元気がなくなることはないだろう、と、単純な理由で、増やしていきたいと思っている。
このブログという媒体で、読んでくださるかたの一人一人の状況にテイラーメイドされた具体的な実現方法を提示することはなかなか難しいが、それでも、いろいろな人に汎用的に通じる考え方や気の持ちようのようなものは伝えられるのではないかと思っている。また、ある意味で皆様を、そして自分自信を鼓舞する気持ちも持ちながら、日々記事を書いている。




年収三千万を達成しうる、突き抜けた何かを達成するためには、周囲の雑音に惑わされてはいけない。

なにか一つのことで突き抜けたい時には周囲の雑音に惑わされてはいけない。

 

年収三千万を目指すのであれば、少なくともなにか一つのことで突き抜けなかればならない。そして一つのことで突き抜けるためには、並並ならぬ努力が必要である。具体的に○○を○○時間やればOKというような明確な数字はもちろんないが、一つ明らかなことは、一ヶ月や二ヶ月の努力で達成できるようなレベルでは全くないといことである。数年、いや十年の単位での努力が必要となるかもしれない。あなたがもし22歳だとすれば、10年間継続して努力して、32歳の時になにかが達成できるかどうか、というレベルである。1年や2年努力することも、既にだいぶハードルが高く価値のあることではあるが、そこからさらに一歩抜きん出る必要があるのである。

何年ものスパンで、いつ芽が出るかわからない目標に向かって、モチベーションを高く保ちながら努力し続けるのは、簡単なことではない。大学受験で難関大学に受かるには、単純に言っても1年間は努力し続ける必要があるだろう。ただし、大学受験には既に対策法が相当に確立されており、正しい努力の道筋を照らしてくれる参考書や先生が十分に存在する。ある意味で、「やれば結果が出る」と分かっている勝負に挑むのであるから、精神的なハードルは、三千万を目指す人のそれと比して著しく低い。

なにせ、一つのことでつきぬけるのである。突き抜ける以上、他の人がやっていないことに対して相当な努力を続ける必要がある。道無き道、それが山頂に続いているか、進んで見ないとわからない森の中を、進んでいるようなものである。

自分が進んでいる方向が本当に正しいのか、疑心暗鬼になることもあるだろうし、たまたま見えた他の道を進んでいる他人こそ、正しい方向性で進んでいるかに見える場合もあるだろう。同じくらいに始め、違う頂を目指した仲間が先にゴールしてしまい、華々しい毎日を送ってしまうかもしれない。あるいは、単純に長丁場の戦いに疲弊して、もうやめたくなるかもしれない。

それらを全て乗り越える必要があるのである。良い時も悪い時も淡々と努力を続け、成果が出るその時まで努力をし続けるのである。情報収集は常に行う必要があるが、他人の声によくもわるくも惑わされてはいけない。なにがあろうと決して揺らぐことのない、スラムダンク風にいえば断固たる決意というものが必要なのである。

筆者もこのブログを書くという行為ですら、すごく気持ちが乗る時もあるし、反対にやめたくて仕方がなくなる時もある。それでも、このブログを読んでくれる方の少しでも役に立てればという思いや、ブログを書くという行為が自分自信の考えを整理させ、また奮い立たせてくれるという思いで書いている。そしてこれは、本記事内で上述したように、ブレてはならない点であると思っている。軸、と呼んでもよいかもしれない。

軸自体にも、もちろんデイリーに微修正は必要であるが、決めた軸に対しては誠実に、ブレない姿勢を保つことが、大きなことを成し遂げる重要な要素となる。




ベンチャーのエコシステムにも繋がる、ベンチャーと会計士の相性のよさについて

こんにちは。今日は、公認会計士とベンチャー企業の相性が非常によいということについて少し考えて見たいと思います。

まず公認会計士について改めてそのスキルを整理します。
公認会計士とは、狭義には、経理財務のスペシャリスト。広義には、管理関連の経営全般のスペシャリストという言い方ができます。
経理財務のスペシャリストとは、イメージしやすい方も多いと思いますが、簿記や財務諸表の作成など、「企業のビジネスの結果を正しく数値に反映する」ことのスペシャリストという意味ですね。管理関連経営全般のスペシャリストとは、経営財務のみならず、税務、人事、労務、法務、投資家対応など、商品開発、営業、販売という、”本業”以外の会社運営業務に精通し、会社の運営、拡大、成功にこれらの観点から深く関与していくことです。後者は、世間ではCFOと呼ばれる職業とほぼイコールですね。

次に、これらの会計士スキルとベンチャー企業は極めて相性がよいことを説明するために、ベンチャー企業についても少し整理したいと思います。ベンチャー企業、特に立ち上げ期においては、一人や少数の設立者が、本業の商品開発、販売、お客さん対応に全力全霊を注いでいる時期です。設立者は、多くの場合その商品のスペシャリストであっても、会社運営のスペシャリストではありませんから、なにをどうやるべきなのか、やらなければいけないのか、あるいは現段階ではやらなくてもよいのか、という事がわかりません。あるいは、仮にわかっていたとしてもやる時間がありません。
一方で、首尾よく本業の方のビジネスが軌道に乗ってきたら、会社規模は急拡大し、社内の陣容も大きく変わってくるでしょう。必要な最低限のコンプライアンスやbetter to have な積極的な管理体制も、企業のステージステージで大きく変化していきます。これらを臨機応変の必要不必要を整理し、必要な業務を外注するなり、社員を雇うなりすることは、ふつうのベンチャー経営者にはほとんど不可能です。

このようにベンチャー企業にはCFO的スキルの高い需要があります。
会計士はその経験上大小さまざまな規模の会社を見ますし、数値を見るだけでなくその表側のビジネスも見ます。ただ単に数値のつじつま合わせに特化することもないですし、管理部門全体のジェネラリスト的な素養を持ちますので、これらのニーズへの対応可能度合いが極めて高いですそうして、ベンチャー企業の経営者は本業である商品開発、販売、営業、お客対応に専念し、それ以外の会社としての運営業務全般は信頼のできる会計士に一任するようなアレンジが考えられます。その場合の報酬体系も、多くの場合は月々○十万円の記帳代行業的な体系というよりも、経営者に近い体系というのがしっくりくるでしょう。いわゆる、業績連動報酬であるとか、ストックオプションや株を一部付与するとか、といった体系です。担う業務が、過去の決算の作成でなく、会社全般の管理業務の健全な運営、であるからです。
このアレンジメントは、会社と会計士双方にとって大きなメリットがあります。
会計士側にとっても、会社の中に深く入って、実質的な運営を行うことができる点はそのキャリアに大きなプラスになりますし、会計士はその生涯のキャリアのなかで、その得たプラスを他のお客さんに還元することができますので、長期的に見て会社側にとってもプラスとなります。ベンチャー企業では、初期の規模の小さい段階でも、業績連動や株式報酬の度合いを高めることで、会社側の費用負担を極力抑えることができます。会計士側にとっても、監査報酬や決算業務報酬のような、固定定額報酬体系から、成功報酬体系への転換を図ることができますので、大きなビジネスモデルの変換になり得ます。
規模の小さい段階では、一人の会計士が複数の会社のCFOを兼務することも現実的でしょう。ベンチャー企業はどの会社もが大きく成功するわけでは現実的にはありませんから、ある意味でのリスクヘッジも行うわけです。規模が大きくなっていったら、その規模感に合わせて、他のクライアントへの関与を減らしたり、一社専任になってもよいわけです。これらも、会計士をプールしておく仕組みがあれば、可能です。
結果として、ベンチャー企業においても、CFOが入ることで企業としての成功の確率が高まり、会計士においても、スキルや収入が上がることになるでしょう。どちらもwin winですし、日本経済全体の発展にも繋がる話です。




30代になったら最低限すべき必須事項2つ。あまりにも当たり前のこと。

30代になったらすべきこと
30代というのは20代と比べて大きな変化があります。厳密には、結婚や出産を経ると、その前よりも大きな変化があるということなのですが、その結婚や出産が起こるのが多いのが30代という意味です。加えて、これは結婚云々関係ありませんが、体力が20代のころより落ちるということがあります。
落ちたといってもそんなにものすごく変わるわけではありませんが、20代の頃に体力が有り余っていて仕事にも遊びにもエキストラな力が発揮できていたのに対して、エキストラがなくなり、通常の体力保持者の仲間入りをするようなイメージです。
時間がなくなります。これは、結婚や子育てが始まり、自分のために使える時間が減るという意味と、体力の低下により物理的に高パフォーマンスで活動していられる時間が減るという意味の両方があります。
一方で、日本人の平均寿命が今後も伸びつつける状況においては、80歳くらいまで働くことが通常になるでしょう。その観点からみると、30代なんていうのはまだまだ、まだまだひよっこの部類です。
やらなくてはいけないことは明確です。
まず、体力を落とさないということ。体力をつけるためにジムにいくなり、家や公園で運動をするなりしましょう。運動している時間それ自体は刹那的には単純に個々を疲労させるだけですが、将来に高パフォーマンスを発揮できる時間を確実に増やしてくれます。こんなに費用対効果の高い投資はあまり他にありません。とにかく運動しましょう。運動して、体力をつけましょう。これにより、うまくいけば20代のころ以上のエキストラな体力を保持でき、その資源を建設的なことに有効利用できます。
次に、時間を建設的に使うことです。子育てや結婚して新しくできた家族のために使う時間というのは、いうまでもなく必要です。ぱっとみの収益に貢献しないかもしれませんが、そこがうまくいくというのは本業にものすごく重要です。というのも、うまくいかない(家庭崩壊、離婚など)場合に本業に与える悪影響が半端でなく大きいからです。それはもう、あなたを蝕み、足を引っ張ることこの上なしです。これを避けるためと考えるだけでもあなたが真剣にこれらに時間を割くことの価値はお釣りがくるほどですし、ましてや、パートナーや子供の笑顔は自分のモチベーションにも直結するでしょう。
ただし、ですが、これだけをやっていればいいというのではもちろんありません。もしそれだけしかやっていないのであれば、あなたはそれはただの人で終わってしまいます。仮にも三千万を志向するのであれば、プラスアルファ、人より努力しないともちろんなりません。そのために、それ以外の時間で効率化できる部分は効率化し、すべてをうまくこなしましょう。20代の頃のように1日24時間すべてを自分だけのために使える環境はもう存在しないのです。無駄なことに時間を使わない選球眼も、当然にこのころには備えていなくてはなりません。

体力をつけて、建設的に時間を使う。当たり前のことではありますが、はたしてどれほどの30代の方がこれを達成できているか。これらの必要条件をはずしては絶対になりません。